2009年12月16日
聖書とクルアーンの関係
ムスリムの信仰箇条である六信のひとつには啓典(キターブ)があるが、啓典はクルアーンのみではない。啓典とは、神が預言者を通じて人類の各共同体に下した啓示を記した教典のことで、クルアーンも、クルアーン以前に神がムハンマド以前の預言者たちに下した啓典があったことを明言している。聖書の各テキストはこれらが後の世に伝わった物であるとされ、旧約聖書のムーサー(モーセ)に下された『タウラート』(『モーセ五書』)、 ダーウード(ダビデ)に下された『ザブール』(『詩篇』)や新約聖書のイーサー(イエス)に下された『インジール』(『福音書』)はイスラム教ではクルアーンに並ぶ四大啓典に位置付けられている。
ここで、一般のイスラム教徒にはあまり知られていないが、クルアーンそのものの記述では、旧約聖書は「完全無欠」と評されている。また新約聖書は「真理を照らす光」であると書かれていたりする。そしてイスラム教徒に対して「クルアーンだけで十分と思ってはならない。聖書も読め」と薦める箇所もある。
このようにクルアーンを見る限りにおいて、聖書が誤っているとの記述は一つもない。かわりに、「クルアーンは聖書の正しさを証明するためにある」とまで宣言している箇所が数多くある。そればかりではなく、「ユダヤ教徒もキリスト教徒も天国へ行く」との記述さえある。現在のイスラム教徒に色濃く見られる「イスラムを他の宗教よりも優位に位置づける」とする思想は、第一聖典のクルアーンには見られない。
しかし現状では、伝統的な解釈においてはクルアーンを除く3つの啓典は神の言葉を歪曲して完全に伝えていないとされ、神の言葉そのものであるクルアーンに比べると不完全なものであるとされている。現在、イスラム圏のいくつかの国では聖書は禁書とされている。聖書を「クルアーンと並ぶ聖典」としていた立場から、「禁書」にまでするようになったこの変化は、イスラムのかなり初期の頃にさかのぼることができる。イスラムが支配権を確立した後に編纂された第二聖典ハディースにおいては、「聖書が正しい」と語るクルアーンの言葉はいっさい引用されなくなっている。かわりに「聖書よりもクルアーンが優れている」、「ユダヤ人から聖書の話を聞いてはならない」との記述が出てくるようになる。
ただし現在ではムスリムの間にも一部に宗教多元主義論者がおり、彼らはただ単にムスリムはクルアーンを啓示として尊び、キリスト教やユダヤ教をはじめとする他の宗教はそれぞれの啓示を尊ぶのであって、優劣はないとしている。これはむしろクルアーンの原典に書かれた考え方に近いとも言えよう。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
聖書とクルアーンの関係についてさらに興味を持ちました。
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